文●花田勝暁
近年、ブラジルの文学界に衝撃を与え、商業的な成功と批評家の賞賛を得た想像力豊かな作品を発表している黒人作家の第一人者。
── New York Times
ヴィクトル・ユーゴーの『レ・ミゼラブル』やジョン・スタインベックの『怒りの葡萄』を彷彿とさせる、不正義、悲劇、愛情、人間の尊厳の力作で、ヴィエイラ・ジュニオールの小説は、ポルトガルやブラジルで最高の文学賞を獲得した。著者は、アフリカ系ブラジル人の魔法と苦境を世界に紹介したブラジル文学の巨人、ジョルジュ・アマードと比較されることになった。
── Americas Quarterly


■この現代ブラジル文学の新たなる金字塔的傑作の著者が2023年4月に来日! 4月10日の代官山蔦屋書店を皮切りにイベントが行われます。情報は本ページの1番下に!■
『曲がった鋤』という、幾分、そっけないタイトルの小説は、新人作家イタマール・ヴィエイラ・ジュニオール(Itamar Vieira Junior)によって書かれ、2020年にブラジルの主要な文学賞であるジャブチ賞(長編小説部門)とオセアーノ賞をダブル受賞し、2021年には、ブラジルで最も読まれた(売れた)本だった。2022年のベストセラー本のランキングでも、ランキング圏外とはならず、22位にランクインしていた〔Globo.com〕。ブラジルでは、2019年8月に出版されたブラジル文学最注目のこの小説が、昨年12月に、武田千香氏、江口佳子氏の翻訳で、水声社から上梓された。
ポルトガル語圏の小説が、これほどの早さで日本語へ翻訳され出版されるのは異例のことだ。この現代ブラジル文学の新たなる金字塔的傑作が翻訳されたことは、日本全国の世界文学の読者に広く知られるべきニュースである。駐日ブラジル大使館が水声社とのパートナーシップで、ブラジル文学作品を出版しているシリーズの中の1作として出版された。
ポルトガル語圏の作家による優秀な未刊の作品に対して与えられるレヤ賞を2018年に受賞した際、審査員は『曲がった鋤』のこのような点を評価した。「堅固な構成および語りのバランスとブラジルの田園風景の取り込み方、そして、その中で、女性と、その自由、家父長制社会による支配下で身体が受ける暴力に焦点を当てている」。
と、文学賞受賞とブラジルでの注目具合について書き連ねてみたが、私が、この小説を読みたいと思ったのは、実は、今年3月にリリースされた注目しているブラジルのシンガーソングライター、フーベル(Rubel)が新作アルバム『As Palavras, Vol.1&2』の制作期間に、ブラジル文学から影響を受け、特にこの小説『曲がった鋤』から大きく影響を受けたというからだ。制作全体的に影響を受けただけではなく、「Torto Arado〈曲がった鋤〉」という楽曲も収録され、小説の要旨が歌詞で歌われる。
(↑MVのイメージは歌詞とはあまり関係がありません)
下記のような歌詞で、MVについたコメントで、1番「good」が付いているコメントでは、こう言っている。「小説を読んだ人だけが、この音楽を聴きながら全てのシーンを想像できる。なんて美しい曲なんだろう。(Só quem leu o livro, consegue imaginar todas as cenas ouvindo essa música. Que trabalho lindo.)」
️ このコメントの通りで、小説を読み終えると、この曲のそれぞれの節が、どの場面のことを言っていて、誰が語っているのかが、想像できる。
もし良かったら、一度、歌詞(対訳)を読みながら、フーベルの「Torto Arado」を聴いてみて下さい。
Torto Arado(曲がった鋤)
作詞作曲:Rubel
Lá bem longe o cacarejo, junto à voz de minha avó
Que tanto bem escondia, debaixo da
Cama o seu
E o nosso passado eu via, dentro da sua mala o pó
E a luz de uma faca fria, quase a me cegar os óio
遠くから鶏の鳴き声が聞こえる、祖母の声も一緒に/祖母はベットの下に上手に隠していた/彼女と私たちの過去を私たちは見た、隠されたバックの中の/ほこりと、冷たいナイフの光で、私は目がくらみそうになった
Refletiu, a minha irmã
Quis sentir o seu sabor
Bibiana e belonísia desabava nossa avó
Falou: Te arranco a língua, sem saber que a língua estava em minha mão
姉は反省した/彼女はその味を知りたかった/ビビアーナとベロニージア、祖母は倒れた/彼女は言った:私はあなたの舌を引き抜きます/舌が私の手にあったことも知らずに
Tive que ser sua boca, sua vontade, seu falar
Mesmo muda me contava, tudo através do olhar
Meu sangue, minha irmã
Mas pra gente, como a gente, meu pai
Me ensinou
Terra aqui só tem valor se tem trabalho
E pro dono dessa terra, severo, me ensinou
Gente aqui não tem valor, só tem trabalho
私は、彼女の口であり、彼女の意志であり、彼女の話し相手でなければならなかった/沈黙の中でも、彼女は、目を通してすべてを語っていた/私の血、私の妹よ/でも、私たちのような人間に、父は言いました/この地の土地は、仕事があればこそ価値がある/セヴェーロは言いました/この土地は所有者のもの。私たちには価値がない、仕事があるだけだ
Pode só casa de barro, de tijolo nem pensar
Mas severo não aceitava, e sonhava com um lugar
Onde havia até escola, onde a gente ia estudar
Onde o povo era dono, até do seu próprio lar
Muito além de água negra
泥の家しか建てられない、レンガの家は無理/でも、セヴェーロは、納得せずに、こんな場所を夢見た/学校もあり、そこに人々が勉強しに行く場所/人々が自分の家でさえも所有する場所/アグア・ネグラ農場を遠く離れて
Se chover, meu pai, não vai
Sentir frio e se molhar
Debaixo da terra, como está severo?
Perguntava ana
(末っ子の)アナが尋ねる/ねえ、パパ、雨が降れば、
寒くない? 濡れちゃわない?/ねえ、セヴェーロ、土の下でどうしているの?
Mas não chora, minha mãe
Que eu vou te cuidar, consolava inácio
E eu já calejada, que já vi de tudo
Mas não me acostumo, me desfiz em chuva
でも、泣かないでね、お母さん/だって私があなたの面倒をみるからと、(長男の)イナーシオは慰めた/そして、私はもう、全てを見てきていて、経験を重ねていた/でも、私は慣れることができず、雨の中、崩れ落ちてしまった
Pra penetrar sua boca
E carregar seu sangue
Depois que o Sol cair
Vou cavalgar um corpo
Volto a cavar a cova
Torno a usar a faca
あなたの口を貫き/あなたの血を運ぶために/日が沈んだら、体に跨るだろう/また穴を掘る/またナイフを使う
Meu cavalo já morreu
E o meu nome se esqueceu
E eu que vi de tudo
Mas não me acostumo
A ver sonhos mortos
私の馬はもう死んだ、そして、私の名前は忘れ去られる/そして、すべてを見尽くした私
でも、死んだ夢を見ることに慣れることはできない
Dessa vez não
Dessa vez não
Dessa vez não
Dessa vez não
今回は違う/今回は違う/今回は違う/今回は違うんだ
楽曲の紹介が長くなったが、小説の紹介に入ろう。
小説の主人公は、2人の黒人の姉妹。ビビアーナとベロニージアは、バイーア州セルタォンの農場ではたらく労働者の娘、奴隷の子孫であった。ブラジルでは、1888年に奴隷制度は廃止されたが、彼ら/彼女らにとっては、奴隷廃止はカレンダーに記された日付以上のものではなかった(※1)。
※こう書くと、小説の舞台は、奴隷制度廃止からどれくらい経っているのか、一体いつ頃なのかが、やはり気になる。が、しかし、実は、小説内でははっきりと書かれておらず、また、小説の解説の役割もしている訳者あとがきでも、その点は触れられていない。しかし、重要な点だと思うので分析している考察を探したところ、車種などから分析している考察があり、私も納得できる内容だった。「本作の物語は、1970年代から90年代末 or 2000年代初頭を念頭にしているのではないか。もしかしたら、もう少し現在に近いかもしれません」と分析されていた。私が生きている時代の物語りではないか。もっと昔の話かを思って読んでいた。読後に知った背景に、新たに動揺させられる。
姉妹は、ベッドの下にあった祖母が大切にしている謎の古い革鞄の中身に強く興味を惹かれ、祖母が家を出た隙に鞄を開けると、中から、鮮烈な光を刃先から放つ象牙柄のナイフが出てきた。思わずその味を試してみたくなり、 刃先を舌に当てるが、奪い合いになって、もみ合ううちに二人とも舌に大きなけがを負ってしまう。一人は回復したが、もう一人の舌は切り落とされて元に戻らず、永遠に言葉を失なってしまう。姉妹は、一方が他方の声になるほど依存するようになった。
しかし、年月が経つにつれて、お互いが自分たちを取り巻くものに抱く視点の違いによって、姉妹の親密さは無くなってしまう。妹のベロニージアが、農場での作業や、父の魅力に満足しているようだが、姉のビビアーナは、すでに30年にわたり家族に課せられた奴隷制そのものの環境の不当性に気づき、土地の権利と労働者の解放のために戦うことを決意する。そのために、ビビアーナは、妹を含む家族と妹と離れ離れになることを余儀なくされる ⎯⎯ これが、三部からなるこの小説の第一部の物語である。
第一部の語り手は、姉のビビアーナ。第二部の語り手は、妹のベロニージア。そして、第三部の語り手は、聖霊である。この語り手の潤滑な移行は、この小説の魅力を増大させている。
事前に「第三部の語り手は聖霊」という情報を入れた状態で読み始め、「なぜ第三部だけ聖霊?」という気持ちで読んでいたが、その聖霊は物語に何度か出てきている人物(聖霊)であり、聖霊への感情移入が自然にでき、なんという小説だと感心した。
また、 姉妹のどちらが舌を失ったのかが、巧妙な語り口で、第一部の最後の最後まで明らかにされないが、それにより謎解きの要素もある。物語の先を知りたいと、一気に入り込ませてくれる。
『曲がった鋤』で、イタマール・ヴィエイラ・ジュニオールは、声もなく、土地もなく、権利もない人々に課せられた葛藤や不公正を、過剰さのない的確な描写で描いている。闘争、抵抗、痛み、弱さを持つ登場人物たちはとても、リアルな姿をしている。登場人物は架空の人物だが、描かれている状況はそうではないと切に感じさせ、今を生きる私たちに多くのことを投げかける。語り手は1人ではなく、ポリフォニーだ。多声的で、多くの声が語りかけてくる。


黒人の姉妹が主人公でかつ、語り手 ── 主人公、しかも女性が主人公の小説が、如何に、ブラジルで少ないか。更に、語り手が黒人である小説、語り手が黒人女性である小説が、如何に、ブラジルで少ないかについて、本書の訳者あとがきで、ある調査結果(※2)を紹介している。
※主人公は、男性が白人と黒人それぞれ206人と17人であるのに対し、女性は83人と3人であり、語り手ではその違いがさらに著しく、男性が白人と黒人それぞれ107人と4人であるのに対し、女性はそれぞれ52人と1人だったという。
本作『曲がった鋤』を執筆したのは、男性黒人作家のイタマール・ヴィエイラ・ジュニオールであるが、本作がすでに20 言語以上に翻訳され受容されているという事実に、「#MeToo」運動を契機にした人種、移民、ジェンダー、セクシュアリティを軸とした平等化、多様化への世界的な動きに連なるものとして本小説があるのではないという考えを強くする。訳者も「『曲がった鋤』 は、ブラジルの数的マジョリティを占めるマイノリティの人々にとっては、自分たちの問題が自分たちの視点で描かれている待望の文学だったのかもしれない」と記している。

「ブラジル社会では日常生活でさまざまな人種が穏やかに融合し、“人種の壁を越えた共存”が成功している」「ブラジル社会には人種差別は無きに等しい。差別と言えば階級差別である。貧困ゆえの犯罪は後を絶たないが、人種間の争いは無い」。こう言ったブラジルには人種差別はないという言説は学問の分野では近年否定されてきたが、白人偏重が続くブラジルの文学において、奴隷の黒人女性の主人公の視点で語られる作品が登場し、広く読まれている。本当は根強く存在してきた様々な差別に、とうとうブラジルが目を背けられない、そういう象徴として、『曲がった鋤』は存在しているのではないだろうか。
(ラティーナ2023年4月)
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